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あーさーのひとりごと

交通・社会について駄文を書き連ねる

JR北海道キハ261系1000番台@札幌

今日撮影したキハ261系1000番台「スーパーとかち」。

キハ261系は、前に述べたキハ201系のシステムを元にして2000年に製造された特急用気動車である。
従来のキハ281系キハ283系で用いられてきた制御振り子よりコストを抑えた、空気バネ方式の車体傾斜装置を搭載。傾斜角は最大3度で、比較的急なカーブでも最高時速130km/h(設計最高140km/h)での走行が可能となっている。車体横には、車体傾斜装置付きであることを示す「Tilt261」のロゴマーク(下画像)が記されている。
制御振り子方式よりも傾斜角が浅くカーブで速度が低下するので、加速度向上の為に従来車よりもエンジンを強化してあり、1両920馬力(460×2)とキハ201よりも多少強力に、キハ281・283の710馬力(355×2)と比べるとかなり強力になっている。

キハ261系100番台(基本番台)は札幌〜稚内間の特急「スーパー宗谷」用として2000年に製造され、従来キハ400形(キハ40形の高速化改造車)で運行された急行「宗谷」の特急化がなされた。
なお、前面の形状が少し1000番台のそれと異なり、下膨れでライトが横並びである。編成中に1エンジン車が存在する等、1000番台とは性能面でも違いが存在する。因みにこれは、エンジン出力を785系スーパーホワイトアロー4両編成(当時)に合わせ、協調運転を行う計画であった為であるとされる。

キハ261系1000番台は、札幌〜帯広間の特急「スーパーとかち」用に2006年に製造されたもので、従来キハ183系が使われていた特急「とかち」を置き換えてスピードアップを図ったものである。こちらは2004年に製造された789系100(基本)番台の構造を踏襲しており、画像の様に、789系1000番台(下画像右)とも前面の灯火形状や貫通扉の有無、塗装以外の外観は非常に良く似ている。

JR北海道785系電車300番台(改造車・旧NE-105編成)@苗穂

2009年夏頃から話題になっていた785系の旧NE-105編成だが、最近になってJR北海道苗穂工場にて改造が施され、函館〜八戸間の特急「スーパー白鳥」用789系基本番台の増結車になったとのことだ。

このNE-105編成は、2002年、スーパーホワイトアロー時代の編成組み替えの際、余剰になり保留車になっていたもの。
種車は元クモハ785-105+クハ784-5の2両編成(画像は逆になっている)であり、それぞれモハ785-303+クハ784-303へと改造された。

モハ785(旧クモハ785)は、かつてあった運転台を撤去、乗務員扉と窓を完全に塞ぎ、クハ側の扉も塞いで1扉車としている。
クハ784は、先頭の貫通扉を改造し、方向幕を設置した(ちなみに785系のLED式前面方向幕は運転台前面の窓に設置されている)。また、前頭部全体を789系基本番台と同じような萌黄色に塗り、NE-105時代に前面窓上に取り付けられていた導風器は取り外された模様(追記:導風器はついていました)

2両とも、客用扉の萌黄色と青の塗り分けは789系基本番台のそれと同様のものになった。また、側面の方向幕は幕式からLED式に換装されたように見える。
内装については見ることが出来なかったが、789系基本番台と合わせたものに入れ替えてあると思われる。足回りも何らかの手が加えられている可能性が高いだろう。

2両編成であることから、789系HE-300の2編成と同様に、青森方に連結され使用されるものと思われる。今年、2010年12月には新青森まで東北新幹線が開業する予定だが、青函特急に何か変化があるということなのだろうか。

何より、余剰となっていた編成が再び活躍の機会を与えられたのは評価すべきだと思われる。

731系とキハ201系@札幌駅

今日は札幌着後に時間があったので、早速列車を見に行く。

9・10番ホームに上がると、運が良い事に、8番線と10番線にキハ201が。この時間はたまたま2編成見られるのだろう。
8番線はD-102編成、10番線はD-104編成(画像)であった。

次は1・2番ホームへ。ここには731系G-104編成(画像)がいた。今年3月にはこの731系の後続にあたる735系が製造されており、つい先日試運転が行われたとのことだ。因みに、735はJR北海道初のアルミ製であり、731やキハ201と違って車体上部はすぼまっていない。また、床を10cm低くしたステップレス車両になっている。

731系キハ201系の外観は帯色(731:萌黄&赤、キハ201:萌黄&青)以外の違いはほぼ無く、高運転台、上がすぼまった形状(キハ201が車体傾斜装置付きである為)、ステンレス車体といった共通点が目につくが、動力を見てみると電車と気動車という決定的な違いがある。

この2種類の車両はほぼ同時期に開発されており、現在では日本の定期列車で唯一、電車と気動車の協調運転を行っている。
その為、キハ201のエンジンは普通列車気動車としては破格の1両900馬力(450×2)を誇り、3両(2700馬力)での加速性能を731系のそれと合わせる事により、スムーズな協調運転を実現している。
因みに、道内で広く使われているキハ40系700番台が220馬力(近年改造された1700番台は330馬力)、花咲・釧網・留萌・宗谷北線等で使われるキハ54が250×2=500馬力、富良野線等のキハ150が450馬力である事と比べれば、キハ201のエンジンがいかに強力であるか分かるだろう。

ただ、その性能ゆえに高価であり、4編成12両しか存在しない。現在JR北海道はハイブリッド気動車の開発を進めており、それが実用化されれば、もしかするとキハ201のような強力気動車が作られることも無くなるかもしれない。
活躍の場の一つであった学園都市線も2012年には電化されてしまい、今後は函館本線余市倶知安方面のみでの活躍となるのか、去就も気になるところだ。

JR北海道 函館本線 妹背牛〜深川にて踏切内に進入したダンプと特急が衝突

ふと書きたくなったので今日のニュースを。

2010年1月29日午後0時20分頃、JR北海道函館本線 妹背牛〜深川間の踏切にて、旭川発札幌経由新千歳空港行・L特急スーパーカムイ24号(JR北海道789系電車・5両編成(HL-1005編成)、乗客102人)が、遮断機の下りた踏切内に進入し立ち往生したダンプトラックと衝突する事故が発生。ダンプは踏切の存在に気付くのが遅れ、ブレーキを踏んだものの当時路面がブラックアイスバーン状態になっており、スリップして踏切内に進入、間もなく特急と衝突した。特急はダンプを発見し、非常ブレーキを掛けたが間に合わず、踏切を200m程過ぎて停止した。現場の気候は当時風速5m程で、雪が降っており視界の非常に悪い状況だった。
この事故によって、ダンプは200m程札幌側に飛ばされ、運転席部と荷台部分が分離、さらには車軸やタイヤがバラバラになるほど大破した。特急は衝突時の衝撃で先頭車が脱線、運転台下部分が大きく損傷した。乗客、運転士と車掌、ダンプの運転手合わせて41名が負傷して近くの病院に運ばれた。これにより函館本線滝川〜旭川間が不通となり、乗客はJR北海道の手配した代行バスでの移動となった。
警察や国土交通省運輸安全委員会などの検分が行われ、事故車両の処理が行われるまでは運行を再開することが出来ず、午後10時現在でも運行のめどは立っていない様子。


今回の事故について
TVやネットのニュースの画像を見ると、特急先頭車の運転台下が大きくえぐれるように凹んでいる。特急は最高速度の130km/h近くで走行しており、ダンプとの衝突時の衝撃は相当なものだったと予想される。
今回はこのJR北海道の特急車両について、少し書きたいと思う。

さて、事故に遭った特急車両の789系電車は高運転台車両と呼ばれるものであり、北海道の車両では他に、特急スーパー北斗キハ281系気動車、特急スーパーおおぞら・北斗のキハ283系気動車、特急スーパー宗谷・とかちのキハ261系気動車、731系電車やキハ201系気動車等の一般車両が該当する。これらの車両のうち、特急車両の多くはツチノコ型の独特な形状をした先頭車であり、このような車両が多いのがJR北海道の車両の特徴となっている、と言っても過言ではないだろう。
鉄道車両に関わらず、乗り物に見た目は大切であるが、これらの車両が誕生したきっかけというのは、決して見た目が第一である訳ではない。


1991年1月のこと、日高本線勇払〜厚真間にて、キハ130系気動車が踏切内に進入したタンクローリーと衝突、気動車運転台部分が大破した。なんとこの時の運転士は両足切断の重傷を負っており、その事故の教訓が生かされたのが、当時開発していた寒冷地向けの振り子装置を備え、1994年から営業運行が開始(試験車は1992年)されたキハ281系気動車である。
その後開発された731系(1996年)→キハ201系(1997年)→キハ283系(1997年)→キハ261系(2000年)→789系(2002年)とキハ281系の教訓は受け継がれており(731系・キハ201系のみ先頭車形状がゴツゴツしたタイプでツチノコ型ではない)、2007年に導入された789系1000番台も、もちろんこの高運転台車両である。

実は、スーパーカムイはもう1種類の車両も併用されて運行されている。その車両が785系電車であるが、こちらの車両は日高本線の事故前の1990年に製造された事もあって、一般的な車両と同じ低運転台車両である。
仮にこの車両が運用に入っていた時に今回の事故が発生していたら、と考えると非常に恐ろしい。
今回は日高本線の事故の教訓を活かすことができ、怪我人こそ出たものの、上記の事故の様な悲惨な結果にならなかったのは大いに評価すべきだと思われる。

ところで、JR北海道の特徴ある高運転台特急車両が鉄道ファンから注目される理由の一つに、先頭車連結部から前面展望を楽しむことができる、というのがある。
上で挙げた高運転台特急車両の画像をWebで検索すると、運転台の下に人が立っている画像が見つかることがある。保線作業員の前方確認用として使われることも多く、黄色いヘルメットを被った作業員の方が写った画像もよく目にするが、業務用に使用していない時は乗客が立ち入って景色を楽しむ事が可能である。

事故区間の特急は他に、札幌〜旭川〜稚内間のスーパー宗谷サロベツ、札幌〜旭川〜網走間のオホーツクが運行されており、スーパー宗谷キハ261系が高運転台車両にあたるのだが、今回事故に遭ったのが仮にスーパー宗谷だった場合、先頭車での乗客の死者が出ていたかもしれない。
なぜ同じ高運転台の789系1000番台ではそのような事故になる可能性が低いのかといえば、それは789系1000番台は前面展望が不可能である為である。789系は増結をせず5両固定編成で運用することを前提にしている為、デッキより先に乗客が立ち入ることが不可能(必要性がない)という訳だ。大袈裟ではあるが、もしかしたらこの構造が事故の被害を少なくした、のかもしれない。筆者としては前面展望が出来たほうが嬉しいのだが。

また、サロベツやオホーツクに使用されるキハ183系気動車の一部の車両は低運転台であるだけでなく、乗降口が1ヶ所である都合から運転室手前まで客室になっている場合がある。この場合は運転士だけでなく、乗客にも甚大な被害が出ていたとしてもおかしくないと思われる。

今回の事故は多くの条件が重なり、運よく重大事故にならずに済んだのかもしれない。だが、このように被害が余り大きくならなかったのも、過去に大きな被害に遭われた方がおり、そしてその後の研究をした開発担当の方々のお陰であることは忘れてはならないだろう。

ほぼ車両だけについて語ったので、道路側の設備についてほんの少しだけ述べるが、現場の踏切にはオーバーヘッド型の鉄製縞模様の設備が設置されていなかったようである。これは本来、クレーンや車高の高い自動車が架線を引っ掛けて切断しないようにする為であるが、これがあれば、今回のような悪天候での自動車側の視認性も幾分か向上するのではないかと思う。せめて、踏切予告の標識をしつこい位に立てるだけでも効果はあるのではないだろうか。

究極の妄想としては、札幌〜旭川間全面高架、立体交差化や、北海道新幹線旭川延伸なのだが(^-^;
それは夢のまた夢ということで……

商業主義の手先

ここ数年はなんだか2月3日に恵方巻とやらを食べるのが流行りらしい。
数年前から大手コンビニ(というよりセブンイレブン)が宣伝しているため、スーパー等でも取り扱うようになったようだ。
だが、関西の文化をわざわざ全国に広めるというのは、地域の文化も伝統もへったくれもないことにしているのは間違いない。
第一、あんなぶっとい太巻を黙って一定の方向を向いて一度に食べるなんて、食べることが人生で3本の指に入るくらい大事な自分には、寿司を食べる楽しみがないに決まっているとしか思えない。ていうか一気食いなんて日本国内の伝統にしちゃ品がない。
という訳で節分はやっぱり豆です。昔から落花生ですが。
希望を言えば旭豆がいいなとか思ったり。

JR旭川駅 新駅舎建設状況

北海道旭川市中心部では北彩都あさひかわ計画により、JR旭川駅周辺の再開発事業が行われている。
その中で大きな事業の一つにJR旭川駅舎の新築がある。現在、駅舎周辺の高架は宮前跨線橋付近の宗谷本線部分を残してほぼ完成しており、本体である駅舎も屋根の工事が始まっている。
新駅舎は現駅舎の2倍程の高さがあるようで、買物公園の遠くから見てもその大きさが分かる。ある意味威圧的と言えば威圧的だが。
現在は分断されている1〜5番線ホームと富良野線6・7番線ホームが統合される予定であり、乗り換えがスムーズになることが予想される。
完成は2010年度の予定だそうだ。残念ながらその頃には自分がこの路線を頻繁に利用することは無くなるだろうが、駅の利用者としても楽しみである。

コロプラ 位置登録の距離 北海道旭川市~長崎県長崎市 計1748km

今日は相当移動したので距離も稼げた日であった。
北海道千歳市〜福岡県福岡市で1456kmだった。だが75kmを越えるとプラが逓減するので獲得プラは125プラ。
今日の移動合計(北海道旭川市長崎県長崎市)は何と1748km。これは滅多に出ない記録ではないだろうか。これまでも、これからも自分がこんな記録を出すことは無さそうだ…